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【アーカイブ】サルと屋久島 ヤクシマザルの暮らしから屋久島の森を見る

講師:半谷吾郎さん
京都大学 霊長類研究所准教授

ヤクザル調査隊事務局長。著書に『ニホンザルの自然社会 エコミュージアムとしての屋久島』(共著、京都大学学術出版会)など。『サルと屋久島――ヤクザル調査隊とフィールドワーク』(松原始と共著、旅するミシン店)は屋久島、そしてヤクシマザルを知るためのワクワク、ドキドキが詰まりまくった必携本! ご購入はこちら↓↓↓↓
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屋久島を訪れた人なら必ず目にする動物の1つ、ヤクシマザル(以下ヤクザル)。西部林道を通れば出会わないことのほうが珍しいぐらいです。ヤクシマザルはニホンザルの亜種。そして屋久島はニホンザルの南限の生息地です。彼らは群れに分かれ、島の海岸近くから1800メートルの高山にまでを生息域にしています。サルたちは屋久島の自然をどう利用し、どんな生活をしているのでしょうか。

  • 動画版
  • テキスト版

※動画のどこでどんな話をしているか簡単な概要をまとめています。詳細な内容はぜひ全編をご覧ください。

講義スタート  08:35

  • 半谷吾郎さんと屋久島・ヤクシマザルの関わりはいつから?
  • ヤクシマザルの何を調べているの?→高度差の大きな屋久島の中で、サルたちが何を食べ、何頭いて、どのような暮らしをしているかを調査中。
  • といってもどうやってサルの暮らしを調査するのか?!

調査ってこんなふうにやってます  12:28

  • どこで調査をしているか
  • 森でキャンプして調査しています!
  • 調査道具をちょっと拝見

あなたはサルの顔を見分けられますか 14:32

  • 調査はまず、サルの顔を見分けるところから?!
  • どうやって見分けるの? こんなコツがあります

ヤクザルは屋久島のどこにいる? 18:27

  • 世界の霊長類(ヒト以外)はどこにいる?
  • その中で屋久島のサルはどういう環境で生きている?
  • ヤクザルは海岸域から標高1000メートル余にまで分布している!
  • 住んでいる高さで食べるものが違う!

標高別サルの食物 22:00

  • どんなものを食べているのか見てみよう
  • 西部林道の果実生産量は世界の温帯の最高レベル!サルには楽園! 
  • ただし海岸域だけ。標高600〜1600メートルのヤクスギ林のサルたちは何を食べる?
  • さらに標高1600〜1935メートルのヤクシマダケ草原のサルたちは?

ヤクザル調査隊見参! 26:49

  • そんなヤクザルの生活を解き明かすのはヤクザル調査隊!
  • ヤクザル調査隊とはどんな集団でどんな調査をしてるのか

屋久杉の葉っぱをどのくらい食べているか 32:50

  • 調査から見えてきたもの……どこにどのくらいヤクザルがいるか
  • 標高の高さとサルの数の関係
  • 1日のうち、あるいは年間通して何をどのくらい食べている?
  • 食べたものの栄養分析を行い、量から計算して摂取カロリーを割り出すと、季節により変化が!

食べる量はあるのに食物不足になっている 41:16

  • サルたちは毎年強制ダイエットをせざるを得ない?どういうこと?

葉っぱだけしか食べられなくても、どっこい、腸内細菌ががんばった! 55:00

  • 葉っぱをたくさん食べるサルは腸内細菌の発酵能力が高くなる!
  • シカはそれを横取り?
半谷吾郎さんがヤクシマザルと関わったのは?

初めて屋久島でサルの調査に参加したのは、1993年のことです。
屋久島という、温暖でありながら、標高による植生の差、つまり垂直分布があり、海岸と高い山の上では生えている植物が違う、つまりサルの食べものが異なる環境の中で、ヤクシマザルは何頭いて、どのような暮らしをしているのか、ということを中心に調べています。

研究するにはヤクシマザルの個体を見分けなければならない

サルそれぞれの顔を見分けるのが、調査の基本です。
さいわいヤクシマザルは場所によっては人の存在に慣れていて、かなり近寄っても逃げないのでよく観察できます。
まず1頭1頭の特徴をよく観察し、記録するために名前をつけて、じっと観察しながら何をどのくらい食べたかを記録していきます。
サルは群れで移動します。私がいま調査しているのは24頭ぐらいの群れですが、全て個体識別できています。覚え方は、足の指の1本が欠けているとか、目のフチにひだがあるとか、時が経っても変わらない特徴を覚えることです。覚えておけば、数年経って森で出会っても必ず誰だか分かります。

調査はどうやって行うのか

現在、私は西部林道の南の端、大川の滝のあたりから山の上に延びている、大川林道という林道の終点付近の群れを調査しています。
調査はキャンプして泊まりで行っています。標高1000メートルぐらいの、比較的高い場所に住むヤクシマザルを調べているんですね。

林道の終点まで車で行き、キャンプして調査します。道具は双眼鏡、筆記用具、地図、デジカメと、サルの一を記録するためのGPS。どこでも通じる衛星電話。そしてDNAなどのサンプルを取るためのチューブなども持っていきます。

1989年に、元龍谷大学の好廣眞一(よしひろ・しんいち)さんによって学生や社会人ボランティアを中心に「ヤクザル調査隊」が結成され、調査を行ってきました。この調査隊の調査法は、森の中に500メートル四方にひとつ定点を置き、そこに調査隊員1人が1日いて、サルの出現を記録するというものです。私は1993年からこの調査に参加しています。参加者のうち研究者はそれほど多くなく、大半はボランティアの方々です。
この調査は、1993年以来途切れることなく毎年行っています。1993年から1997年までは屋久島西部のサルの垂直分布を調べました。
1998年以降は、私が現在主に調査している、標高800メートルから1300メートルの大川林道終点付近に、7..5平方キロのサルの調査地域を設定して、そこでのサルの分布が、年によってどう変わるかを調査しています。定点調査はボランティア調査員が行い、私ほか調査経験がある人間は、定点調査をしている人が見つけたサルを、トランシーバーの報告を聞いて追いかける、という形で調査をしています。

海岸域に数が多いのは食べ物が豊富だから

「ヤクザル調査隊」の初期の成果として、ヤクシマザルは海岸域に最も多くいることが分かりました。1平方当たり80頭ぐらいです。一方、標高300メートル以上になると山頂付近まで数は同じで、1平方キロメートルに30頭ぐらいいます。200メートルまで行ってもだいたい数は同じで、30キロ平米に30頭ぐらいになります。
これは食物の量と関係しています。
ヤクシマザルの主な食物は、果実と種子、それから葉っぱです。量は多くありませんが、昆虫やムカデ、クモ、トカゲ、カエルなどの動物も食べています。キノコも食べます。
果実と種子は一番栄養価が高く、ヤクシマザルたちも大好きな食物ですが、屋久島にいる全部のサルがいつでも食べられるわけではありません。
ヤクシマザルにとって最も食物が豊かな場所は海岸域です。海岸近くの照葉樹林には、一部に亜熱帯の植物が交じるなどして、鳥もサルもたくさん食べる果実があります。

たとえばごく一部をご紹介すると
アカメカシワ、クマノミズキ、イヌビワ、タブノキ、コバンモチ、アコウ、シャシャンボ、ハドノキ、ヤマモモ、ゴンズイ、ハゼノキ、オオバヤドリギ、アデク、ソヨゴ、ウラジロエノキ、リュウキュウマメガキ、ヒサカキ、オオイタビ、ハマヒサカキ、イヌガシ、ハナガサノキ、サカキ、タイミンタチバナ、カラスザンショウ、モクタチバナ などです。

実は、西部林道周辺の果実生産量をアジア、アフリカ、南北アメリカの46箇所の森林と比較してみると、温帯としては最高のレベルなんです。

西部林道にサルがたくさんいるのは、果実の生産量が高いから。つまり、食べられるものが多いからです。

しかしこれは西部林道の話です。標高が上がると事情は変わります。標高800メートルから1600メートルの屋久島はヤクスギ林、さらに上の1600メートルから山頂まではヤクシマダケ草原です。サルはヤクシマダケ草原にも住んでいます。夏には、たとえば1886メートルの永田岳ではひんぱんにサルを目撃できますが、冬になると山頂からは姿を消します。

こうした標高の高い場所では、海岸域ほどの果実や種子はありません。ぐっと種類も量も減ってしまい、ハイノキ、ヒサカキ、ソヨゴ、イヌツゲ、イヌガシ、サカキ、ウラジロマタタビ、カナクギノキぐらいしかありません。標高の高い場所でサルにとって重要な食物は、常緑樹の葉っぱです。

サルの研究では、普通、それぞれの食物の重要性を表すのに、直接観察して行動を記録したデータを基にして、食べるのにかけた時間で表します。海岸域のサルたちは、食べる時間の半分を果実や種子に費やしています。
一方、ヤクスギ林のサルたちが一番食べているのは成熟葉、つまり葉っぱです。加えて、若葉と根などのその他の繊維性食物を合わせると、食べているものの半分弱ぐらいになります。

ちなみに、海岸域のサルでも葉っぱを食べる時間全体の3割ぐらいあります。
サルは、果実が多い季節には果実をたくさん食べ、花が咲く季節には花を多く食べます。それ以外の季節は一年中食べられる葉っぱを食べています。

食べる時間だけではなくて、最終的には何グラム食べて、何キロカロリーのエネルギーを摂取しているかを知りたくなります。屋久島ではサルの観察がしやすいので、「あのサルは8時10分から8時13分の間に、ウラジロエノキの葉を25枚食べた」ということまで記録できます。
個体識別していますから、個別に観察記録をつけ、さらに食物のサンプルも集めて、その栄養を分析すると、エネルギーをはじめとした、摂取した栄養素の量が分かります。

屋久島西部林道のニホンザルのエネルギー摂取の季節変動を調べた方がいます。年間の推移を見ると、秋と春にはたくさん食べていて、冬と夏は少ないことが分かりました。
屋久島のサルが必要なエネルギーを摂取できない理由には、「消化管の容量が足りない」ことが挙げられます。果実や花がない季節は常緑樹の葉を食べているわけですが、量がたくさんあって満腹になるまで食べることができても、栄養価が低いので必要なエネルギーが確保できないのです。

それでも、北日本のサルだと、さらに「時間が足りない」という問題が起きます。冬などに木の冬芽しか食べるものがないと、その小さいものを一日じゅう食べていても満腹するまで食べられないことも起きます。屋久島は常緑樹の葉があって、冬にも食物は”かさ”としてはじゅうぶんにありますから、ここまで厳しい状況にはなりません。

とはいっても屋久島のサルも栄養が足りない時期はあるので、他の地域のサル同様、食べられるときに食べて脂肪を蓄積し、食べられないときは脂肪を消費して乗り切るという方法で生きています。これは温帯で生きていくのに必要で重要な適応です。

ヤクシマザルの腸内細菌に生き延びるための秘密あり!?

私は「サルが葉っぱを食べて生きられるのはどういうことだろう」とずっと考え、研究を進めてきました。霊長類学の教科書的には、ニホンザルという生きものの体は、葉っぱを食べるために特別に進化しているわけではないのです。
海岸域と違って、標高の高い場所に住むニホンザルが栄養価が高くない葉っぱを食べて生きていけるのはなぜだろう?
それを調べるために行った実験が「試験管内発酵試験」です。サルのフンと、葉っぱを混ぜると、腸内細菌がまだフン中に生きていて、葉っぱを発酵して分解します。そうするとガスが出ます。そのガスの量を測り、どのくらい発酵するかを調べていきます。いわば、オナラの量を調べるようなものです。実際オナラの臭いがします(笑)。

西部林道のサルのフンと、標高の高いところのサルのフン、両方採取して、この実験をしてみました。
混ぜた葉っぱは両方の環境に生息するヒサカキです。
この実験で分かったことは「葉っぱをたくさん食べるサルは腸内細菌の発酵能力が高くなる」ということです。だいたい、ガスの生産量は2倍ぐらい違いました。

サルは葉っぱのセルロースを自分自身で持っている酵素では分解できません。腸内細菌に発酵してもらって、酢酸などの短鎖脂肪酸になると、初めてサルが消化できます。つまり、サルが葉っぱをたくさん食べると、腸内細菌が適応して葉っぱを発酵させる能力が高くなって、それをサルがいわば横取り(?)して、サルも葉っぱを消化できるようになるのです。
非常に面白いですね。


半谷先生の講演は以上です。
オンラインアカデミーではこのあと参加した人にビデオをオンにしてもらい、記念写真を撮りました。このとき、「ウッキーポーズで写真をとりますか?」と司会者が言ったところ、先生が苦笑いしてお話した言葉が面白かったです。
「私はつねづね言いたいことがあります。サルは『ウッキー』とは鳴きませんので、ウッキーポーズはちょっと……(笑)」
ということで、屋久島のYのポーズをしてみんなで写真を撮りました。

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